マノーリンはサンチャゴを労りつつ、漁船の横に括られた巨大な骨に対して最大の賛辞を送り、村のみんながいかにサンチャゴを見直したのかを語るのです。
予めサメにカジキマグロの肉を食べさせておいてから、その残骸である骨をサンチャゴの周囲に称えさせる。
ここでも、大作家ヘミングウェイの技巧が光っています。
もし、カジキマグロが完全な姿で帰ってきて、それをマノーリンや村人たちが大歓声で迎えたのだとしたら、彼らがあたかも「釣果」を評価しているかのように見えてしまいかねません。
しかし、敢えて残骸にして、それをなお称えさせることで、彼らが評価しているもの、すなはち、本書が伝えようとしている真理が赤裸々に告白されます。
それは、サンチャゴが闘ったということ、そして、勝利を収めたということ。
誰一人その激闘を目にしていなかったとしても、心の目でその巨大な骨を見れば、サンチャゴが何に耐え、何を成し遂げたのが分かる。
それを、直接の台詞としてではなく、あくまで描写として、どこまでも武骨に淡々と描いていくのが本書の傑出した側面です。
そして、闘いを終えたサンチャゴの態度も最後まで本書の雰囲気を彩ります。
カジキマグロの肉を逃した悲しさに泣きわめくのでもなく、その悔しさに咆哮するのでもなく、サンチャゴは結果を受け入れ、決して満足げな表情をすることもせず、ただ黙して眠りにつきます。
老人はライオンの夢を見ていた。
その一文で物語を締めくくる本書のハードボイルド感には、他の小説を寄せ付けない、突き抜けるほどの鮮やかさと爽快さがあります。
名声ある古典にしていまだ現役最強の冒険小説。
その味を是非、噛みしめてみてください。
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